ロヒンギャ難民緊急シンポジウム in 広尾
12/17/20172017年12月5日及び12月8日にロヒンギャ難民緊急連続シンポジウムが聖心女子大学で開催されると聞き、広尾まで足を伸ばして参加してきた。聖心女子大学にきたのは、この大学出身の友達の結婚式用に友人たちとお祝いビデオを作成した時以来だ。
久しぶりに訪れた晩秋の広尾は、黄色い銀杏並木が綺麗で散歩していて楽しかった。綺麗で高級感溢れれる広尾の町並みと、インフラも整備されていないラカイン州の景色の記憶が交錯する少し不思議な時間だったが、ロヒンギャ難民問題を色々な角度から確認することのできる、とても有意義なシンポジウムだった。
ロヒンギャ難民 緊急連続シンポジウム
主催 聖心女子大学グローバル共生研究所
日時: 2017年12月5日
「ビルマ(ミャンマー)・仏教徒の視点からみたロヒンギャの人々」
--- 発表者:弁護士 渡辺彰悟
「バングラデシュの現状〜難民及び従魔の人々の現状と問題」
--- 発表者: 聖心女子大学グローバル共生研究所客員研究員・静岡部文化芸術大学教授 下澤嶽
「現場の生活状況と赤十字よる人道支援の状況」
--- 発表者: 日本赤十字社国際部参事 斎藤之弥
「ロヒンギャ問題をめぐる地政学:ARSAを含めて」
--- 発表者: 聖心女子大学グローバル共生研究所客員研究員・東京外国語大学講師 日下部尚徳
第2回「ロヒンギャの人々の今後の可能性を考える」
日時: 2017年12月8日
「ロヒンギャ危機における今後のビジョン」
--- 発表者:UNHCR ダーク・ヘベカー
「バングラデシュでの定住の可能性と課題:ビハール難民の事例から」
--- 発表者: 聖心女子大学グローバル共生研究所所長・聖心女子大学文学部人間関係学科教授 大橋正明
「無国籍という問題」
--- 発表者: 聖心女子大学グローバル共生研究所客員研究員・早稲田大学大学院博士過程在籍 加藤丈太郎
「ロヒンギャ問題をビルマ(ミャンマー)側から見ると〜排他的ナショナリズムの構造と実態」
--- 発表者:上智大学総合グローバル学部教授 根本敬
両日共にシンポジウムは盛況で、200人以上収容できるであろう会場は、満席とまではならなかったものの、ほとんどの席が聴衆で埋まっていた。ロヒンギャ難民に関しては、日本ではあまりメディアが報道しないとたまに聞くのだけれど、案外、関心を持つ人は多いのではないのだろうか。主催者側が1日目の初めに行った発表によると、今回のシンポジウムに事前登録をしている人の半数は学生で、その他にはNGO関係者が多かったようです。また、各回の最後に行われた会場との質疑応答のやりとりを見ると、NGO以外にもフィールドで働く研究者や実務家の人たちも参加していたようでした。
以下は自分の備忘録も兼ねたシンポジウム両日の感想になります。
<1日目>
トップバッターである渡辺彰悟さんによる発表は、最初の発表にふさわしく、ロヒンギャ問題に関連する背景の説明が中心となっていました。ロヒンギャ難民は今年になって急に発生したわけではなく、何十年も前からずっとバングラデッシュ・ミャンマー国境地域で続いている問題です。イスラム教対仏教といった宗教対立の構図にばかり注意が注がれているような気がしますが、ラカイン族とビルマ族の民族対立、ラカイン州全体の貧困の問題、2011年以降少しずつ進行する民主化の動き、2016年に発足したNLD新政権の苦労など様々な要素が複雑に絡まっています。渡辺さんの発表は、ミャンマー国内で未だに強い影響力を握る仏教徒やミャンマー国軍に言及しつつ、より広い社会的枠組みの中にロヒンギャ問題を据えて理解することの必要性を訴えていると理解しました。
続く2人の発表は、バングラデシュ側ですでにロヒンギャ難民への支援を行っている、Jumma NetやICRC(国際赤十字)の活動に関わっている下澤さんと斎藤さんによる報告でした。下澤さんの発表からは、バングラデシュで難民を受け入れる側の混沌とした状況や、キャパシティや経験のない人によって食糧配給などが行われている実態など現場を見てきた人からしか知ることのできないような内容を聞くことができました。同様に斎藤さんからはバングラデシュ内で赤十字が展開しているシェルター建設活動や医療支援などの報告を伺うことができました。個人的にはバングラデシュの様子を知ることのできる、この二つの発表が一番ためになりました。こういった現場で活動されている方達の報告には本当に頭が下がります。
1日目最後の発表は、ロヒンギャ難民を発生させているより政治的な背景の分析に関するものでした。インドやバングラデシュといった今までもすでにロヒンギャ難民を受け入れてきている近隣諸国の対応やその分析は、なかなかラカイン州内で働いていると、きちんと勉強しなければと思いながらもそこまで気が回らなかったりしたので、とてもためになりました。また2016年10月や2017年8月に発生したラカイン州北部でのセキュリティ施設の襲撃を組織していたとARSAに関する分析もとても重要だったと思います。ロヒンギャ・コミュニティ内部での武装勢力の組織化や過激化は、現場を知る人々の間では昔から懸念が表明されていました。しかしながら、今回の発表にあった、ARSAによるミャンマー政府に対するロヒンギャへの人道的な配慮の要請は国際コミュニティの支援の強化に繋がるという指摘は非常に重要な指摘であったと思います。世界的なイスラム過激派組織は一般的に反米、反ヨーロッパ的な性格が強く、ARSAによる一連の展開はイスラム過激派組織のネットワークとは性質が異なるように思えるからです。
<2日目>
2日目の最初の発表は、UNHCR駐日事務所代表のダーク・ヘベカーさんによる報告でした。偶然だとは思いますが、ヘベカーさんは過去に、ラカイン州北部のマウンドー事務所、ミャンマー国境に近いバングラデシュ内のコックスバザール及び首都のダッカに赴任した経験があるとのことでした。ヘベカーさんの報告は、現在も発生し続けているロヒンギャ難民の現状に関する基礎的な事実を、データを用いて会場の参加者と共有するものであり、1回目のシンポジウムに来れなかった参加者にとっては特に有意義なセッションであったのではないかと思います。またUNHCRの駐日代表が同時通訳は有れどもほぼ全て日本語で行われるシンポジウムで、最初から最後まで出席しているという事実に非常に感心しました。
続いての報告は、本シンポジウムを主催している聖心女子大学グローバル共生研究所所長の大橋さんによる発表であり、バングラデシュ内に未だに居住するビハール人難民の経験紹介でした。僕の理解が正しければ、バングラデシュ内に現在も住んでいるビハール人は、もともとパキスタンからインド分割以前の東パキスタン(現バングラデシュ)に移住してきたイスラム教徒の人々であり、25−30万人がバングラデシュ内に無国籍の状態で取り残されてしまったとのことです。一方、バングラデシュ最高裁は2008年に取り残されていたビハール人にバングラデシュ国籍を与える決定を下し、約8割のビハール人はすでに国籍を取得したとのことでした。ロヒンギャの問題を考えるに当たっては、具体的に他の地域において、似たような事例がどのように解決されてきたかを丁寧にみていくことが必要だと思います。現在発生している大量の難民について、具体的な解決策を現時点で考えだすのは少し非現実的なところもあると思いますが、どのようなオプションが考えられうるのか早い時期から考えておいて良いに越したことはないでしょう。
2日目、第3番目の発表者は、早稲田大学大学院の加藤さん。実は僕が昔お世話になっていた日本国内の非正規滞在外国人を支援する団体の代表を2017年の初頭までされていた方です。ロヒンギャは世界中で無国籍状態にいる人たちの中で最大規模の民族と言われており、また無国籍者の保護はUNHCRが公式に取り組まなければいけない問題の一つに難民、国内避難民と共に含まれています。ですので、UNHCRの駐日代表やミャンマーの専門家を横にして、加藤さんの専門とは少し異なる無国籍の問題を語るなんて、とても大変だったに違いないと推測しますが、ロヒンギャ問題の根幹にあるロヒンギャの人々の無国籍状態に特化した報告を行ったことは非常に大切だったと思います。日本に住んでいるロヒンギャの人々に触れられていたことも、日本との具体的な繋がりを示すこと繋がり、とても意義のあることだと感じました。
シンポジウム最後の発表者はミャンマー問題の専門家であり、ミャンマーに関する数多くの著作を刊行されている、根本敬さんでした。根本さんは、ミャンマー国内で圧倒的に支持されている「排他的ナショナリズム」を、ミャンマー国内におけるロヒンギャに関する認識の歴史的形成過程と絡めて説明されました。本人は触れていませんでしたが、もともとビルマ人による統治の経験が少ないラカイン州周辺に居住してきたロヒンギャの人たちが、国民国家としてのミャンマーの中央的な言説において、正当な地位を獲得することは非常に難しかったのだと思います。
また、ロヒンギャの人々がミャンマー国内でなぜ受け入れられないのかという点に対して、1)イスラム教徒であること、2)身体的、文化的差異、3)ミャンマー連邦が認める土着民族ではないという3点に絞って説明していたことにも関心を持ちました。なぜなら私の認識だと、ムスリムに対する差別的な態度、言説はしごく一般的にミャンマー国内では見かけることが多いですし、また、ラカイン人の中には南アジア人的な身体的特徴を持った人がかなりの数いるからです。加えて、土着民族ではないという意味では、国内で増え続ける中華系の移民との比較をしてみても良いかもしれないと感じました。
以上、駆け足で、本シンポジウムに参加した感想を述べて見ましたが、複数の異なる視点から、ロヒンギャ問題を検証し、また現場からの声も聞くことのできた非常に有意義な会合でした。もう少し欲を言えば、日本が行う支援として何ができるのか、また学者が行える支援には何があるのかなど、具体的な行動に移せるような議論がなされるとさらに有意義な場になったかもしれません。今回のシンポジウムで触れられなかったトピックとして、ラカイン人のミャンマー国内における周縁性と、ラカイン州内での圧倒的な国際援助コミュニティ嫌悪があります。ロヒンギャへの注目が消えていく前に、これらのトピックも含めて分析や議論をさらに進めて行くことの必要性も同時に強く感じました。
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